二子玉川ライズホワイトデー限定公開デジタル小説『春の旅人 -ギフトに寄せて-』 | 二子玉川ライズ
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贈るほうも幸せ。ONE GIFT, ONE STORY. White Day 3.14 SUN

春の旅人 -ギフトに寄せて-

著者 村山早紀

ホワイトデーって、何を贈ればいいのかな? 春の日差しが射し込む明るいリビングのテーブルで、パソコンのキーボードを叩いていた手を止めて、ぼくはふと考える。 奥さんからも娘たちからもバレンタインに素敵な
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贈り物をもらったから、やはりお返しをするべきだろう。ていうか、負けずに素敵なものを選びたい。あと、うちの猫からは何ももらってないけど、我が家の癒し担当だから、何かあげるべきだろう。家族の一員なんだしね。 このままネットで探してもいいんだけど、ちょうど仕事の疲れも出てきたところだし、
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「行ってくるね」 と、出かけることにした。 ぼくらの住む街ならば、素敵なものにきっと出会える。わりと信じて、あてにしてる。 同じテーブルで、仕事の資料を読んでいた奥さんと、その隣でタブレットを見ていた娘たちが、顔を上げて、「行ってらっしゃい」と、手を振る。ソファで
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昼寝していた猫も顔を上げて、「にゃあ」と鳴いた。 明るい光に包まれたこの部屋はぼくの宝箱で、きみたちはぼくの宝物だ、なんて言葉がふと浮かんできた。自分ですごく照れてしまって、気恥ずかしくて、急ぎ足で玄関を出た。思っても絶対に口にできないな、いまの言葉。 でも、本心だ。どうやらそうなんだ。
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とてもいえないけど。 広く青い空の下、日の光に輝く川の流れを見て歩きながら、この一年を思う。 家族で一緒にいる時間が増えた。みんな気がつくと、リビングに集まって、同じテーブルで、仕事をしたり、勉強をしたり。猫と遊んだり、ソファでうたた寝を
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したりしていた。 たくさん話をした。あんまりたくさん話しすぎて、ときどき喧嘩になったりもしたけれど、すぐに忘れて、仲直りした。 料理や洗濯を一緒にしたのも楽しかった。映画や動画も見たし、本の貸し借りもして、感想を話し合ったりした。一緒にゲームもした。毎日が長い
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夏休みみたいだったと思う。 夜は河川敷に星を見に行ったりもした。うちの奥さんと娘たちは星に詳しくて、何でもおじいちゃん仕込みだそうで、あの星この星と指さしては、星の名前を教えてくれた。 この一年でずいぶん星座に詳しくなったような気がする。三人にはまだまだ追いつけないけれど。
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星空の下を四人で歩いていると、ここがいつもの街じゃない、どこか異世界の夜の川辺のような気持ちになることがあった。 この一年のこの街は、いつもより夜が早く、灯りが暗くて、静かだったからかも知れない。 十代の頃好きだったファンタジー小説の中に迷い込んだような気持ちになった。そんな世界の夜みたいだった。
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世界を滅ぼそうとする魔物が現れて、主人公の勇者とその仲間が、世界を救うために命がけの冒険の旅をするような、そんな物語の夜に紛れ込んだような。 夜があまりに暗いから、自分は何の力もない、世界にひとりぼっちの小さな子どもみたいに思えたりもした。
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けれど、そんなときも、そばにきみたちがいれば、ぼくはぼくでいられた。夜の闇に飲み込まれず、明日は来ると、信じていられた。 顔を上げて、笑顔で、歩いて行けた。 夜の闇がどんなに深くても、空を指さして、星の名前を教えてくれるきみたちがいてくれたから。きみたちがいつも、ぼくのそばを歩いていてくれるから。
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きみたちはぼくの旅の仲間。 人生という、長く素敵な冒険の旅をともに生きる、最高の旅の仲間。 輝く光の城のようなこの街で、さあ、きみたちにどんな贈り物を選ぼうか。 ぼくたちのリビングに飾るための、花やグリーンも
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いいかも知れない。一緒に料理するための、いつもよりちょっと高級な食材や、調理器具もいいかも知れない。おそろいのエプロンは、少し恥ずかしいかな。ああだめだ。想像するだけで、照れて踊り出したくなる。 ぼくはやっぱり照れ屋で、うまく話せる自信が
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ないから、贈り物に代えて、愛を贈ろう。 きみたちがここにいてくれて良かった。ぼくの家族でいてくれてありがとう。これからもよろしく、と、そんな想いを込めて。 ぼくの愛する、旅の仲間たちへ。
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ストーリーへの想い

この一年、世界中のいろんな街で、いつもより灯りが暗くなったり、夜になるのが早かったりしました。ゴーストタウンのようになった、静かな街を歩いていると、とても寂しい、泣きたいような気持ちになったりもしました。
でも、家族と笑い合ったり、時に喧嘩したり、黙ってそばにいるだけでも、夜の暗さを忘れ、きっとまた朝が来て、明るい日々が帰ってくると思えたりしたものです。
そんなことを思いながら、この物語を書きました。そういえば、感謝の言葉を伝えていなかったな、なんて思ったりもしながら。

今回の物語に登場する、星に詳しい奥さんは、バレンタインの物語で書いた、あのひとです。どんな家族とどんな風に暮らしているのかな、なんて想像するのは楽しかったです。
もうじき桜の時期になれば、この家族は花の下を楽しそうに歩くのだと思います。あれは染井吉野、あれは山桜、と、桜の品種をあてながら。スマホで写真を撮って、遠くの街に住むおじいちゃんに、送ったりするかも知れませんね。

小説家 村山早紀

小説家 村山早紀

長崎県出身。童話から児童文学、小説まで幅広い年齢層に向けた作品を執筆。優しさあふれる幻想的な作風で知られる。愛猫家としても有名。
代表作に、第4回椋鳩十児童文学賞・第15回毎日童話新人賞最優秀賞を受賞した『ちいさいえりちゃん』、往年の人気シリーズが愛蔵版として甦り、大人の読者にも好評な『シェーラ姫の冒険』(2020年厚生労働省社会保障審議会推薦児童福祉文化財)、本屋大賞にノミネートされた『桜風堂ものがたり』(2017年5位)、『百貨の魔法』(2018年9位)などがある。昨年は初のエッセイ集『心にいつも猫をかかえて』が上梓された。

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《開催期間》2月15日(月)~3月14日(日)※なくなり次第終了となります。
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